BITルームの扉を数度ノックして、おもむろにノブを回す。

開けた先には十数台のパソコンが並ぶ広々とした空間が広がっていた。

その、管理権責任者である呉教員の専用PCの前に、見知った二人の姿があった。

「秋津!」

振り返った途端、凛が大きく瞳を見開く。

薙は、いぶかしげな表情で豊と綾人を交互に見ていた。

「お前、その男は確か」

つかつかとすぐ傍まで歩み寄ってきて、睨み上げた凛の視線を正面から受け止めながら、綾人は丁寧に礼をする。

「会うのはこれで二度目だな、月詠の」

「九条綾人、そのような名だと記憶しているが」

「いかにも、俺は天照館高校総代の、九条綾人だ」

二人のやり取りを見ながら、豊は横目で薙の様子を伺っていた。

彼は、何の感情も浮かばない、冷酷な眼差しでじっと綾人の姿を眺めていた。

「それで、天照館の人間が我々に何用だ」

挑むような対応にも綾人は動揺した素振りすら見せない。

「率直に言おう、我々天照館と手を組まないか」

「それは応援要請ということか」

「違う、俺たちはもっと本質的な意味での相互理解を希望している」

「相互理解だと?」

凛が鼻で笑う。

「何をどう理解しあうというのだ、我らとお前達では立場も考え方も違う、理解のしようがないだろう」

「諦めるのはたやすい、だが、俺はできぬことではないと思っている」

「帰れ」

突然言い放ったのは薙だった。

三人が振り返ると、鋭い視線が綾人を射抜く。

そこには思いも、興味すら見て取れなかった。まるで調度品と向き合っているように、薙からは対人の気配が微塵も感じられない。

「時間の無駄だ、対話は必要ない」

「そうやって拒絶して何になる?昨今の異変をお前たちとて感じ取っていないわけでは無いだろう、今は争っている場合ではないのだ、我々が」

「貴様の言葉は無用だ」

切り捨てるような一言に、綾人がぐっと喉を鳴らす。

「ひ、飛河っ」

豊は思わず前に出ていた。

薙の冷たい眼差しが同様に向けられた。

「俺たちは―――俺は、交歓留学生としてここへ来たんだ、月詠との親善のために、ペンタファングに協力しているんだ」

「―――理解している、だから何だ」

「だ、だから、総代の、九条先輩の話を聞いて欲しい、俺たちはもっと理解しあわなくちゃいけない、それを受け入れたから月詠だって交歓留学を」

「理解だと」

金の瞳がすっと細くなる。

「君がそれを言うのか、秋津豊」

「お、俺は」

「君こそ、僕達の何を知ろうとした?何を見てきた、今ここで言うことができるのか?」

豊は瞠目して、そのまま俯いてしまった。

薙の声がこだましている。

俺は何を見て、何を聞いてきた?月詠のこと、ペンタファングのこと、薙のこと。

今更だと思う、本当に今更だ。交歓留学にやってきてから今日まで、こんなにも長い月日が過ぎているというのに、俺のしてきた事はなんだ。

目を閉じ、耳を塞いでいたのは誰なんだ。それは―――月詠では、なかったのか?

「月詠の」

どこか遠い所から綾人の声が聞こえてくる。

「我々は余りに長い時を背きあって過ごしてしまった、すぐに分かり合えるなどとは思っていない、けれど、今からでも決して遅くは無いはずだ」

「帰れ」

「月詠の!」

「―――遅いも早いも関係ない、我々とお前達は相容れない、それが現実だ」

綾人はまだなにか言いたげに口を閉ざした。

取り付く島もない、薙の傍らに、いつのまにか凛も移動している。

豊は両者の間に立っていた。

「俺は、諦めないぞ」

それでも尚、決意を失わない綾人の姿が、何故だかひどく羨ましかった。

彼の姿すら正視できず、豊は再び足元に視線を落とす。

「今日はひとまずひこう、だが、俺は必ず再びここを訪れる」

「何度来ても同じことだ、我々は、天照館とは組まない」

凛が言う。

「組むまでくるさ」

綾人は不適に笑った。

「豊」

呼ばれて驚いて顔を上げると、綾人は退室するところだった。

ドアノブに手をかけたまま、振り返ってこちらを見ている。

思わず足を向けようとすると、背後から薙の声が上がった。

「秋津君、君は、その男と共に行くのか」

立ち止まったまま、豊は振り返ることが出来ない。

背中に向けられる視線の痛さに、このまま石になってしまいそうに思う。

「豊」

もう一度呼ばれて、迷う自分を断ち切るように、綾人に向かって駆け出していた。

二度目に呼び止める声は聞こえない。

扉が閉まる瞬間、わずかに見えた薙は、まだこちらをじっと見詰めていた。